イベント報告「若手支援セミナー」を掲載しました

イベント報告「若手支援セミナー「史資料を読む」」

 2009年8月25日(火)26日(水)の2日間に渡り、「若手支援セミナー「史資料を読む」」が、学習院大学を会場にして開催されました。本コンテンツは参加者ご自身による参加記を集めたものです。

→[イベント概要]

文学写本セミナー「コンピレーション写本から中世末期の写本文化を探る」

 初日のセミナーAでは、写本カタログ、写本ファクシミリ、校訂サンプルの3種の資料が前もって配布され、カタログに目を通し、ファクシミリと校訂サンプルを用いてトランスクリプションを実際に行う事に加え、各自web上で検索し、関心のある文献を含むコンピレーション写本の内容をプリントアウトしてくる事、という宿題が出されていた。
 それをふまえ、実際のセミナーでは、コンピレーション写本の説明に続き、外的特徴や方言等、写本を読む際考慮する必要のある諸問題について、関連する話や体験談等も交えつつ説明された。その後、参加者が宿題として調べてきた写本について個別に確認が行われ、数人が代表として発表した。実のところ、必ずしもコンピレーション写本について調べてきた者ばかりではなかったが、様々な分野の研究者が個々の興味に従って選んだ為、イギリス、イタリア、北欧等地域も様々で、内容も文学だけでなく音楽も含む等、多様で興味深かった。更に、途中休憩時間に流された中世写本の画像が偶然にも、セミナー前の講演で言及されていたシュミーズ製本であり、これについてもう一度確認できた事も良かった点である。
 二日目のセミナーGでは、仏語と英語のファクシミリ、ラテン語の校訂版が事前配布され、仏語とラテン語の資料を参照し、英語のファクシミリのトランスクリプション及び校訂をしてくる事が宿題となっていた。
 この日のセミナーでは、まず前日の説明への補足があり、続いて二日目の課題の写本について、カタログに基づいて説明された。そして、トランスクリプションの答え合わせが、読む時のヒントや、記号についての説明、参加者への質問も交えながら行われた。また、自習教材として、M. B. Parkes, English Cursive Bookhand 1250-1500 (Oxford, 1969)やJean F. Preson and Laetitita Yeandle, English Handwriting 1400-1650 (New York, 1992)が紹介された。
 全体的に、様々な言語の写本を実際に読む訓練をし、その際心得ておくべき諸問題についても同時に学ぶ事ができた貴重な機会だったと思う。そして、最後に白状してしまうと、初日も二日目も、宿題が大変で、二日目の校訂迄は手が回らなかった。Paleographyは慣れが大事との事なので、ここで反省し今後頑張りたい。

(Yu Onuma)

会計簿セミナー「都市会計簿から都市社会の諸側面を読み取る」

 花田「都市会計簿セミナー」は、都市会計簿史料の性格から説きおこし、シャンパーニュ都市プロヴァンの会計簿の読解を行った。前半にはまず、フランスに限らずヨーロッパ各地の都市会計簿がスライドのように示されたのが印象的だった。紹介された事例はイタリア、スペインからポーランドまで及び、都市会計簿の現象としての広がりが感じられた。さらに会計簿に関する研究史を紐解くなかで、形式性の弱さなどに由来する読みづらさといった、史料としての扱いの難しさも実感を込めて語られた。後半には十三、十五世紀のプロヴァン会計簿を素材に縦横無尽な史料分析を展開し、都市の財政管理や、防衛、外交など自治組織としての多様な活動が論じられた。都市会計簿はしばしば欠落を含み、また常に都市財政全体を反映するとは言い切れないなど、多くの限界を持つことは確かである。だが注意深い分析と、当該都市の状況に関わる広範な知識を合わせることで、都市生活の多様な側面を写す豊かな情報源たりうる。長年この史料に向き合った経験に裏打ちされた花田の結論は、本セミナーでの鮮やかな語り口によって、深い共感をもって聴衆に受け入れられたのではないか。

(梶原洋一)

都市史料セミナー「中世イタリア都市の文書を読む」

 暑さが体を蝕むような真夏日の朝、私は、大きな不安を胸に目白駅を降りていた。参加予定の「都市史料セミナー」で使う事前配布史料を、殆ど解読できないままで来てしまったからである。開催を知り、勇んで申し込むまではよかったが、いざ送られてきた史料を眺めると、目線がそのまま凍りついた。単語の意味を考える以前に、文字の判別がつかない。私の眼に映ったものは、紙についた点と線の染み以上のものではなかった。
 このような状態であったので、セミナーが始まり、出席者は順番に当てられるという事実を知った時には、酷く狼狽した。熱を帯びた教室で、発表者と徳橋先生の掛け合いに耳を傾けながら、必死になって眼で文字を追いかける時間が続いた。先生は、要所を押さえて、分かりにくい文字の判別や略字について教えて下さった。一度出てきた略字がまた出てきたことが分かると、嬉しくなる。こうして、いつしか夢中になって文字を追いかけていると、不思議なことに、少しずつ字が浮かびあがってきたのが分かった。1回目のセミナーの終わりには、線と点の染みは、しっかりと文字の連続に見えるようになっていた。最終的には、どんな文字が配列されているのか、少なくとも都市法史料に限れば、心の声が先回りして読み上げていることに気づいた。セミナー前の絶望感が、希望に変わっていた。
 以上のように、私にとって初の史資料を読む経験は、私なりに変化を感じた極めて充実した時間となった。史料によって読み方は全く異なると先生も仰っていたが、自分の研究地域の文書館に行って、いきなり文書にあたるのと、このような場で事前に触れて学習しておくのとでは、大変大きな違いがあるはずである。セミナー受講後に、そのことを改めて思った。勿論、本セミナーでは、史料の具体的な読み方だけでなく、各史料の性格、形式や慣用表現、書き手の問題、当時の社会背景と絡めた具体内容など、2回のセミナーに渡って、初学者にとって眼から鱗の大変貴重な情報を多々教えて頂いた。徳橋先生を初め、このような貴重な場を設定して下さった運営の方々に、本当に感謝したい。

(高見純)

美術史装飾文字セミナー「初期中世写本のイニシアル装飾を見る」

「初期中世写本のイニシアル装飾を見る」に参加した。
 主にテクストを読んでいる私がこのセミナーに参加したのは、美術史では何をどのように研究しているのか知りたい、という好奇心からである。同様の関心を抱いた方が多かったらしく、他分野の研究者の占める割合が大きかったのは、このセミナーの特徴だろう。
 まず写本の制作過程を映像で見たが、制作に要する膨大な時間と手間に驚いた。その後「たくさん見ることで目が肥える」とのことで、多くのスライドを見た。書物を読みやすくするためのイニシアルに装飾が施され、宗教的意味作用を帯びるに至る。インスラー様式の複雑な装飾は有名だが、見る機会の少ない動物を組み合わせた形象イニシアルや、一つの文字にストーリー性を付与した物語イニシアルなど、多様な装飾を見ることができた。特に「ドゥロゴの典礼書」のマタイとルカを示す雄牛とワシのなまめかしい雰囲気は、不自然な体勢にもかかわらず強く印象に残った。
 装飾ある豪華な写本が利用された環境や、「文字の階層性」とイニシアル装飾の関係など、新たに考える刺激を受けたセミナーだった。

(三浦麻美)

証書セミナー「証書から中世の文書文化を探る」

 岩波敦子先生の「証書セミナー」は、証書に関わる古文書学の基礎の全貌を勉強できる大変貴重な機会となりました。先生ご本人によれば、主に修士の学生を対象として構成されたとのことですが、これだけの内容を修士段階で日本語で分かりやすく勉強できるとは、現代の学生は実に恵まれたものですね。伝来状況、文書形式、古書体学から書誌情報に至るまで必要知識を網羅しつつ、先生ご自身が学ばれた実感を交え、「原史料を見、読む」という歴史家稼業の醍醐味を生き生きと伝えてくださったと思います。私が今回何よりも楽しみにしていたのは、読みなれた時代・地域以外の史料を目で見、読みつつ、それを古文書学体系の中で、自分の研究との関連を見失わずに勉強し直すことでした。日本西洋史学の良さの一つは、多様な専門を持った研究者同士が一つの学会で互いの知識を共有しながら共通の課題を模索できることでしょう。しかしどんな研究交流も、初めに史料ありきです。今回はそのために必要な共通の基盤が何なのか、改めて確認させていただきながら、豊かな情報を頂くことができました。岩波先生、そして準備に奔走してくださったスタッフの皆様に心から感謝する次第です。

(佐藤公美)

イエ史料セミナー「中世後期イングランドの遺言書を読む」

 新井由紀夫先生ご担当のセミナーFでは16世紀初頭、ロンドンの現世立誓女性キャサリン・ラングレイの遺言書の読解が行われた。この遺言書を見る限り、彼女の宗教的なアイデンティティは嫁いだラングレイ家ではなく、未亡人時代になってから積極的にコミットしていた「宗教パトロン・サークル」により強く向けられていたようである。ただ同時に父祖の魂やラングレイ家所有のマナ、名付け子や使用人たちへの配慮が記載されている。記載された物品とその遺贈相手の詳細なリストからは、彼女が生きたイエの姿が克明に浮かび上がる。
 新井先生は本物の証書を持ち込んで触れさせ、詳細な参考資料を用いてイギリス中世後期史料読解入門に時間を割いた。90分ほどイントロダクションを講義し、その後史料を読んでいく流れとなった。
 冒頭の呼びかけ文から始められた実際の読解作業は、略字表記に慣れない参加者にとっては歯ごたえのあるものだったようである。丁寧なイントロダクションと引き替えに、読解作業の時間に制限がかかってしまったのはやむを得ないことかもしれない。個人的にはこの講義時間の下地があったため、帰宅後に独力である程度読み進めることができた。
 参加者は15名ほど、熱のこもった場となった。生の史料に触れることや読解の場へと誘われたことは貴重な体験となった。新井先生および裏方としてご尽力いただいた皆様に感謝を申し上げたい。

(古川誠之)

イベント報告「若手研究者のためのセミナー」を公開しました

イベント報告「若手研究者のためのセミナー」

 西洋中世学会の正式発足にさきがけて、2008年10月25日(土)26日(日)の2日間に渡り、西洋中世学会準備委員会と日本中世英語英文学会の共催による「若手研究者のためのセミナー―西洋中世学を学ぶ人々のために―」が、慶応義塾大学三田キャンパス東館を会場にして開催されました。

(→開催プログラム等

画像1、一日目の講演の様子
1日目の講演を聴くセミナー参加者

 セミナーは1日目午後からスタートし、亀長洋子氏(学習院大学)の司会進行で、日本中世英語英文学会副会長の向井毅氏(福岡女子大学)による挨拶、松田隆美氏(慶應義塾大学)の趣旨説明に続き、高田康成氏(東京大学)「Tertium Quid:メディアとしての西洋中世」、佐藤彰一氏(名古屋大学)「12世紀ルネサンス論再訪―アリストテレス受容をめぐる最近の動向―」の2本の講演が行われました。中世英文学と西洋中世史の第一人者として著名な両氏の知的な刺激に満ちた講演に100名を越える聴衆が聴き入り、大盛会となりました。

画像2、一日目の講演の様子高田康成氏
画像3、一日目の講演の様子佐藤彰一氏

 また、講演終了後には、会場近くのイングリッシュ・パブ「三田82 ALE HOUSE」で懇親会が開かれました。こちらも60名以上が参加する賑やかな会でした。

画像4、懇親会の様子盛り上がった懇親会
画像5、懇親会の様子お二方もにこやかに

 2日目は、まず午前に「中世学研究の現場に触れる」と題し、以下の4つのワークショップが開かれました(趣旨は、報告者がプログラムのために執筆したものです)。

ワークショップA「書物と読書行為」

担当者:杉崎泰一郎(中央大学・フランス宗教史)、北村直昭(法政大学非常勤講師・書物の歴史)

趣旨:読書行為と書物は幅広い分野から注目されているが、とりわけ古書体学など写本学における研究の進展が著しい。今回はこれらの分野での最近の研究を紹介し、読書行為や書物というテーマが中世学諸領域とどのようなつながりをもてるのか意見交換をしたい。[ワークショップ詳細]

画像6、二日目のワークショップの様子ワークショップA:杉崎氏(左)と北村氏(右)

ワークショップB「図像学(イコノグラフィー)のその先へ―ロマネスクの美術と建築を“読む”―」

担当者:金沢百枝(國學院大学・ロマネスク美術史)、小倉康之(玉川大学・建築図像学)

趣旨:特殊な図像や建築をどう「読む」か。第一部では怪物や動物など、聖書や聖人伝の知識では読み解けないロマネスク美術の「図像」を、第二部では建築そのものが担う意味をクラウトハイマーの論考をもとに考察する。[ワークショップ詳細]

画像7、二日目のワークショップの様子ワークショップB:金沢氏(手前)と小倉氏(奥)

ワークショップC「歴史叙述と権力」

担当者:鈴木道也(埼玉大学・フランス史)、有光秀行(東北大学・ブリテン諸島史)

趣旨:多様な歴史認識が交錯する中世社会にあって、歴史叙述に携わる知的エリートたちは、どのような意識と方法論をもってそれぞれの史書を組み立てていたのだろうか。歴史家が常に直面する歴史叙述と権力との関係について、13、14世紀フランス王国の年代記における写本間の異同の問題を手がかりに考えてみたい。[ワークショップ詳細]

画像8、二日目のワークショップの様子ワークショップC:有光氏(左)と鈴木氏(右)

ワークショップD「写本と刊本のあいだ―説教テクストを読む」

担当者:赤江雄一(中央大学研究員・文化史、宗教史)、藤井香子(大阪学院大学 古英語統語論・写本研究)

趣旨:このセッションでは、中世ヨーロッパにおいて、もっとも重要なコミュニケーションの形態に数えられる説教に対して、どのようなアプローチの仕方があるのかを考えたい。具体的には、アングロ・サクソン期の古英語の説教と、14世紀イングランドのラテン語の説教を例にとりつつ、元の写本と、写本から活字化された刊本のあいだに、どのような問題が含まれ、どのような研究につながりうるのかを例示することで、今後の研究の可能性を示したい。[ワークショップ詳細]

画像9、二日目のワークショップの様子ワークショップD:藤井氏(左)と赤江氏(右)

 1時間半のワークショップでは、気鋭の研究者たちが、さまざまな史料を提示しながら、各分野の基礎情報と研究の現在について具体的に語った後、参加者との対話をおこないました。活発な意見のやりとりもみられ、報告者の伝えたいという気持ちと今回の試みに対する参加者の期待感が強く感じられた場でした。ワークショップが、前半にAとB、後半にCとDと二手に分かれて同時開催されたため、すべて参加できなかったことを残念がる声も聞かれましたが、どのワークショップも数十名の出席者を数える大入りで、4つのワークショップ全体の参加人数はのべ200人を越えました。

画像10、二日目のワークショップの様子熱気あふれるワークショップ会場

 引き続き、午後に催されたパネル・ディスカッション「Medievalistになること」では、午前のセミナーを担当した有光秀行、杉崎泰一郎両氏の司会のもと、三浦麻美(中央大学院生・ドイツ宗教史)、松田隆美(慶應義塾大学・イギリス文学)、岩波敦子(慶応義塾大学・ドイツ心性史)、徳橋曜(富山大学・イタリア都市史)の各氏に、セミナー担当者の赤江雄一、藤井香子両氏を加えた計6名のパネリストたちが、自らの留学体験と留学先の研究環境を紹介し、これから留学を目指す若手研究者たちにエールを送りました。その後、参加者からの感想や質問に、パネリストたちが時にユーモアを交えながら応答をするうちに予定の時間となり、最後に、池上俊一氏(東京大学)によって全体の総括と西洋中世学研究の将来を展望する閉会の辞が述べられ、セミナー世話役を務めた岡崎敦氏(九州大学)の締めくくりの言葉とともに、2日間の日程の幕が閉じられました。

画像11、二日目のパネルディスカッションの様子司会者とパネリスト
画像11、二日目のパネルディスカッションの様子参加者との質疑応答

 中世学研究・教育のいまを再考し、これからの学界を担う若手研究者の支援を意図して企画された今回のセミナーを通じて、日本における西洋中世学研究が、ここ数十年の間に、質量ともに劇的な発展と変化をとげ、それだけにますます、若手研究者には新たな課題が課せられている様子が浮き彫りとなりました。と同時に、西洋中世学研究が、変容する学問状況にあっても、その最前線に位置する知的な冒険であり続けていることが改めて確認されました。これを次の世代に継承するためにも、若手研究者の支援が強く求められています。今回のセミナーは初の試みであったため、誰もが気軽に参加できるオープンな催しとして企画され、若手のみならず幅広い年齢層から多数の参加がありましたが、今後は、より個別的、実践的なテーマに焦点を絞った少人数のセミナーの開催なども考えられます。西洋中世学会では、来年の正式発足後も、若手研究者の支援を活動の一環とし、積極的に取り組んでいくつもりです。

(文責:三森のぞみ 構成・写真:三森のぞみ、古川誠之)