2025年度若手セミナー「生成AIと西洋中世」報告

学会情報

2025年10月4日(土)に慶應義塾大学日吉キャンパスにて2025年度若手セミナー「生成AIと西洋中世」を開催しました。中世研究者は、日々進化する生成AIにどのように向き合っていくべきなのでしょうか。今回のセミナーは最初の一歩として、生成AIの開発や実践的利用に関わる3名の先生方からレクチャーを受け、その後参加者を交えて議論しました。

セミナーは対面/Zoomの併用でおこなわれました。対面で13名、Zoomで82名の方々にご参加いただき、研究や事務作業への利用方法から教育現場での葛藤まで、さまざまなトピックについて活発に意見が交わされました。以下では3名による参加記と、アンケートに寄せられた感想・コメントの一部をご紹介します。

【参加記1】端山知里(慶應義塾大学大学院文学研究科 美学美術史学専攻)

10⽉4⽇(⼟)、慶應義塾大学⽇吉キャンパスにて、2025 年度 西洋中世学会若手セミナー「生成 AI と西洋中世」が開催された。

本セミナーは、生成 AI の応用を視野に、未だ試行錯誤の段階にある中世研究の広域的な学術フィールドを射程に収めたものであり、導入的・実験的なセミナーとしての側面が大きいものであったと個人的に感じる。

大まかな要旨としては、原理的なレクチャーにフォーカスを置き、理論的前提を共有した上で、 AI の利用がもたらし得る可能性を検討するというものであった。

第一に関沢和泉先生からは、実践的な場面での使用における留意点や原理をベースとしたレクチャーが行われ、次に田中一孝先生により、西洋古典特化型 AI「ヒューマニテクスト(Humanitext Antiqua)」の開発事業を実例とした、個人を越えた学会及び研究者コミュニティとしての範疇のアプローチが試みられた。アンドリュー・シン先生によっては、各モデルの原理説明を起点に、文献のみに依拠しないマルチモーダルな資料に対する応用可能性やリスク検討が成され、全体として段階的なプロセスを持って構成されていた。

着眼点としては一次的な議論となるが、本セミナーにおいて特に印象深かったのが、「AI」と「天使」の関係性への言及である。人間が有するような短期記憶から長期記憶への移行が成されないという特質は、AI の現在の基本的な留意事項であり、主にウィンドウ内において観察されるものである。この点に関して、冒頭で関沢先生より、中世の文脈における身体性を持たない天使の存在に重ね合わせる事が可能だという言及が成された。ジョーク交じりの解説により、会場に和やかな微笑が広がったが、私にとって、この天使との類似性の問題は、その後のセミナーのあらゆる生成 AI のトピックにおける更なる思索の契機となった。

例えば、一般に議題の対象となる「ハルシネーション」の問題に関しては、セミナーにおいては、文脈の事前知識がある程度必要とされる、或は省略記号の頻出が観察される中世写本を読解させる事で、各 AI 毎の特性に応じた発生レベルがグラデーションとして提示されていた。このような可視化は学会の共有事項として大きな意義を見出す事が出来るが、同時に各 AI の特性より、発生レベルに優劣が見い出せるという現状自体に、「上位の天使ほど、少数の媒介(可知的形象)により、より全てを認識する」というトマス・アクィナス的天使論との構造的類比を感じざるを得なかった。
また、全体討論においては、人間の行為能力(agengy)が一定の責任を伴って発揮されるのに対し、AI は行為性のみを有し、意図や責任を伴わないといった特質が言及された。この点においても、意思を持つが、神の意志と整合するよう導かれる天使の存在への適合の可能性を再考させられた。

このように、AI の認知的構造や行為性を、中世的世界観・存在論・知性論との対応関係の中で捉え直す契機が、議論の随所に、参加者を思索に誘うかのように見出された点は、まさに本セミナーの特筆すべき成果であったと言えるのではないだろうか。本報告は、その思索の端緒としての覚書に近い。

最後に、この場を借りて、「AI 時代を生きる一若手中世研究者」として、報告者の方々及び本セミナーを企画・運営された実行委員の皆さまに深く感謝を申し上げたい。また、実践という文脈において知見の共有と議論の場が、今後も継続的に設けられることを強く期待する。

【参加記2】澤裕章(東京大学大学院総合文化研究科 地域文化研究専攻)

​​2025年10⽉4⽇に慶應義塾大学日吉キャンパスで開催された2025年度西洋中世学会若手セミナーの企画「生成AIと西洋中世」に参加した。このセミナーは、急速に発展する生成AIを西洋中世の研究に応用する事例と共にその限界や注意点を共有し、研究と教育において生成AIといかに付き合っていくかを目的に行われた。

私は現在中世イスラーム医学史の研究を行いながら、研究対象のテキストの翻訳者を推定するためにAIを利用している。地域こそ違うものの、中世という時代とAIという手法の面で共通点を見出し参加することにした。

セミナーの対面での参加者は10名ほどで、ほとんどが大学の教職員だったが、私を含め数名の学生も参加していた。

まず関沢和泉先生からは趣旨説明に加えて、西洋中世学会会員の生成AIの利用状況に関するアンケート結果から使用頻度や利用目的、事前に共有された質問などが共有された。続けて、関沢先生から各種生成AIでラテン語資料を翻訳させたり、GoogleのNotebookLMを用いたテキストデータベースを構築させたりといった実践的な利用方法のデモンストレーションが行われた。
田中一孝先生からはご自身が参加するプロジェクトで開発した西洋古典原典に基づく対話型AIシステムであるヒューマニテキストが紹介され、RAG(Retrieval-Augmented Generation、検索拡張生成)の仕組みや西洋古典への応用や展開が議論された。
最後にアンドリュー・シン先生はAIの根幹を支えるディープラーニングの技術を画像認識や言語認識の観点から解説すると同時に、AIが抱える技術的・構造的な問題が示された。
休憩をはさんで、総合討論と質疑応答が行われた。事前に寄せられた質問を中心に登壇者が回答し、随時会場からも質問があり議論が展開された。そこでは、欧州におけるAIの法的位置づけや教育における応用に関して補足があった。

講演全体としては、生成AIを利用するにあたって最低限踏まえておくべき生成AIの仕組み、基礎的利用、応用を含むもので、生成AIに関心を持つ人文学研究者のニーズを満たすものだった。

他方で、アンケート結果が示すように、学会全体では生成AIの利用頻度が低いばかりか、ChatGPTの有料版ユーザーも決して多くはなかった。さらにChatGPT以外の各種生成AIは認知度も相対的に低いことが明らかになった。回答者数の総計が少なく、生成AIの利用者が多いと思われる学生会員の回答が少ないのも理由として考えられるが、やはり学会としては利用者が相当少ない印象を受けた。私の身の回りでは、学生であれば、利用目的はどうあれ、生成AIに触れない日はほとんどないように見受けられるため、生成AIの利用では世代間の差が相当にあるように感じられた。

そのため、次回が開催されるのであれば、より実践的なAIの利用法を含めた応用的なワークショップがあると、AIに対する理解が深まるだろう。

最後に情報共有の意味で、2025年11月末現在で最も注目を浴びているNano Banana Proについて触れておきたい。2025年11月19日にリリースされたGemini 3.0では従来のGemini 2.5よりも文章生成性能が向上した。しかし、それ以上に注目されたのが、同時に公開された画像生成モデルであるNano Banana Proである。このモデルでは従来は表示するのが難しかった日本語の高度な画像生成が可能になった。 

以下では、両者の性能を測るために行なった実験を紹介する。まず、「西洋中世学会若手セミナー「生成AIと西洋中世」の参加記を書くことになりました。その様子を想像して画像を作成してください」とプロンプトを送ると、以下の画像を出力した。

図 1:Nano Banana Proで作成したセミナーのイメージ

冒頭の画像を参照したわけではないが、実際の会場の様子と近い画像が出力された。
次にGemini 3.0で「西洋中世風のラテン語文献を生成してください」と指示を与えると、以下の架空の文章が生成された。

――引用、ここから――

【ラテン語テキスト】

Anno ab incarnatione Domini millesimo ducentesimo quadragesimo quinto. Rex Ludovicus, miles Christi fortissimus, cum magno exercitu crucesignatorum mare transivit ut terram sanctam liberaret. Tempestas magna orta est in die Sancti Michaelis, et multae naves perierunt. Sed nutu Dei, rex salvatus est et ad portum Damiatae pervenit. Ibi pagani, videntes signa crucis in velis, timore magno perterriti fugerunt, et civitas capta est sine sanguine. Laus Deo in aeternum.

【日本語訳】

主の受肉より1245年のこと。キリストの最も勇敢なる騎士、ルイ王は、聖地を解放せんがため、十字軍の大軍勢と共に海を渡った。聖ミカエルの日に大嵐が起こり、多くの船が失われた。しかし神の御心により、王は救われ、ダミエッタの港に到着した。そこで異教徒たちは、帆に描かれた十字架の徴(しるし)を見て大いなる恐怖に打たれて逃げ出し、都市は血を流すことなく占領された。神に永遠の賛美あれ。

――引用、ここまで――

文章の内容としてはあり得そうな内容である。

続けて、「この文章を記した挿絵入りの写本を生成してください」とNano Banana Proに指示したところ、次の画像を生成した。


図 2:Nano Banana Proで作成した中世写本風の画像

西欧中世写本の専門家ではない私にすれば、実在のものと見分けがつかないほどの出来栄えになっている。質疑でもAIとフェイクについては議論されたが、今後一層史資料に対して批判的な観点が必要となってくる。

その点で、今回のセミナーのような機会を通じて世代間の交流を生み、情報を共有することは生成AIを含む技術を取り入れる上で重要だとも感じた。今後も同様の機会があればぜひ参加してみたい。改めて、貴重な場を設けてくださった先生方にお礼を申し上げる。

【参加記3】津田拓郎(北海道教育大学)

 今回の若手セミナーは、まさに適任といえる3名がそれぞれ異なる角度から報告を行ってくださり、大変素晴らしいものであったが、私が昨今抱いている不安が増大する機会でもあった。不安のもととなったのは、関沢報告冒頭で示された、日常業務において生成AIにほとんど触れていないという研究者が一定数存在するというアンケート結果である。今回のセミナーが現状の生成AIが生み出すミスや限界を強調していたこともあり(これは現状を正しく伝えるもので登壇者の報告には全く問題がない)、生成AIになじみの薄い参加者の多くは「われわれの研究はAIにはまだまだ難しいのだな」という印象をあらためて抱いたのではないだろうか。だが、多くのAI研究者が指摘するAIの指数関数的な進歩のスピードを踏まえるならば、こうした印象は誤っている可能性が高い。
 私(フランク王国史家)が生成AIを研究の補助ツールとして本格的に使い始めたのは1年数ヶ月前だが、その間にAIが生み出す情報の質・量は驚くほどのスピードで改善されている。私の利用は主として翻訳や読解の補助だが、現状(2025年10月)のAIは、研究史を踏まえつつ新たな問いを生成することすら可能である。田中報告を踏まえると、「クリーンな史料原文」さえ用意できれば、現状のAIはすでに本格的な史料分析も行えるだろう。関沢報告は史料における微妙なニュアンスを読み取る力の不足を、またシン報告は手稿本画像の読み取り能力の不十分さを指摘していたが、これらの問題が解決される日も遠くないのではないだろうか。AIが一流査読誌に掲載される水準の論文を一瞬で生成できるようになる日が迫っているとも言われており、そうなれば人間に残された作業は、手稿本・刊本・文献の電子化という「肉体労働」のみとなりかねない(モノや音を扱う分野については事情が異なるかもしれないが)。
 これは、研究コミュニティにおけるすべての活動が大転換を余儀なくされることを意味している。研究者が担う役割、研究者が備えるべき能力、ピアレビューのあり方、これらすべてが大きく変わっていくであろう。それでも、ベテランの研究者は従来通りの手法を続けるという選択が可能かもしれない。AIが書いたものよりも実績のある研究者の仕事を読みたいという需要もあろう。他方で、AI時代の変化の影響をもっとも強く受けるのは、他ならぬ若手研究者となってしまうのではないか。直接若手を指導する立場にあろうとなかろうと、ベテラン研究者も含めて学会・学界全体でAIが不可避的にもたらす多方面の変化に正面から向き合い、貴重な若手研究者の未来を守るために何をすべきなのかを考えていくことこそが、喫緊の課題なのである。今回の企画が、意図せずしてこうした危機的現状から参加者の目を背ける効果をもたらしていないことを願うばかりである。
 明るい展望についても書いておきたい。田中報告では学部の授業におけるHumanitext利用の例が紹介されていた。そこで紹介されていたレポートの一例「古代ローマにおける一発ギャグ」といったトピックは、従来であれば熟練研究者による何日もの調査を擁するものであったに違いないが、Humanitextを使えば学部学生でもこの種の問いに史料の典拠付きで答えることができるようになっているのである。生成AIは研究者の熟練技能を陳腐化させる一方で、多くの人々に過去に直接触れるという貴重な体験をもたらしてくれる。生成AIは外国語で書かれた難解な研究論文を、中学生にもわかるようにかみ砕いてまとめるといったこともお手の物であり、特別な訓練を受けていなくても、研究者の仕事ぶりに触れる可能性をあたえてくれる。私自身、生成AIを使い始めてから、自分自身の語学力・史料や文献の読解能力は明らかに落ちているが、AIがなければ触れられなかったであろう大量の知に触れることができてもいる。セミナーでも言及されていたように、生成AIの発展は知の民主化にとっては明らかなプラスの側面をもたらしているのである。こうしたプラスの側面が、マイナスを上回らないようにするためにわれわれは何をすれば良いのか。私はその答えを明確に提示することはできないが、今回のセミナー(とこの参加記)が、一人でも多くの人々に生成AIがもたらす諸問題について正面から考えてもらう契機となればと願っている。

【アンケート結果より】

感想

全体的に「勉強になった」「登壇者の人選がよい」という肯定的な意見が多かった。

    • 個人レベルでAIを活用できるお話から、より大きな枠組みのお話まで、三名の先生方のご発表・質疑応答は、いずれも大変勉強になりました。
    • 登壇者が実際に開発に携わってこられた方々だったため、ユーザー側からはなかなか知ることができない話を聞けた点が良かったと思います。
    • 日常的にも使えることや、教育面での可能性や留意点を知ることができてよかった。
    • 学会会員以外にも開放してくださったこと、対面での参加は難しかったためハイブリッド開催をしてくださったことに感謝いたします。

改善点

論点を絞った続編や、実践型ワークショップへの期待が高い。

    • 論点が分散:もうちょっと焦点化したほうがよかった。代表的な生成AIの特徴と、研究フェーズの利用、教育フェーズの利用、研究と一般の垣根をとるフェーズの利用における一長一短、など。
    • 実践編で史料を使い、各AI間で比較して討論が出来るとよりよかった。
    • 少人数型授業への対応例が多かったが、教職課程科目や概説科目などの大人数型授業の際の生成AI対応例もあれば取り上げてほしかった。
    • 海外の研究事例にどのようなテーマや内容のものがあるかを紹介してほしかった。
    • この分野はどんどん新しくなっていくので、定期的に(1年に1回とか)開催していただくととてもありがたい。

今後の若手セミナーへの期待

    • 生成AIの実践例(意見多数)
      • humanitextを使った学生へのレポート課題の例のように、課題の実践例を知りたい。
      • 「AI をどう使って、どんな成果が得られたか」といったケーススタディ紹介
    • 3D技術の研究への応用例(聖堂内の図像プログラムの再現とVR的な当時の鑑賞過程の体験、絵画内の空間再現等)
    • 文書館や図書館での「本を読む」以外の学習方法

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