2010年度 若手支援セミナー報告記

学会情報

 2010年度の若手支援セミナーは、2011年3月4日(金)に東京大学駒場キャンパスで開催されました。

 今回の若手セミナーは「文書館で西洋中世研究」をテーマとして、大学院生を中心とした若手研究者にとって関心が強い「文書館」の利用方法や、そこで得た史資料の分析方法などについての講演や報告、そして会場全体によるラウンドテーブルが行われました。平日にもかかわらず、62名(内、学部・大学院生は35名)の方々にご参加いただきました。厚く御礼申し上げます。

 また、このセミナーでは実験的な試みとして、講演と報告をインターネット中継いたしました。最大時は、50名の方々にご覧いただきました。

 ここでは、参加いただきました大学院生の方々の参加記と、当日採りましたアンケートの結果を掲載いたします。

[参加記](五十音順)

河野雄一

 春一番から一週間後のまだ肌寒さの残る春は弥生の3月4日、東京大学駒場キャンパスにおいて若手支援セミナー「文書館で西洋中世研究」が開催されました。今回のセミナーでは、新奇の試みとしてインターネット同時中継も導入され、私自身も職場で当該中継を少し拝見させて頂いてから実際に会場に行って報告を聞かせて頂く運びとなりました。一昨年の史料講読セミナーや若手交流セミナーでのポスターセッションなどと同様に、比較的新しく誕生した学際的な学会として積極的に新たな試みに挑戦する姿勢が窺われます。

 会場に着くとすでにほぼ満席でセミナーの盛況ぶりを実感しました。実際に聞くことができたのは大貫俊夫氏と中谷惣氏の報告のみであったため、佐々井真知氏と山本成生氏の報告を十分に聞くことができなかったのは心残りですが、普段は専ら校訂版テクストに基づいて研究を行っている異分野の身には、実際に現地の文書館で史料収集をされている歴史学の研究者の方々からその利用方法について直接お話しを伺うことができ、非常に貴重な体験となりました。異なる学問分野の研究手法であっても、そうした手法を自らの分野に取り入れることで学問の幅が広がる可能性を感じました。

 各報告の後のラウンドテーブルでは、赤江雄一氏の司会のもと、偽文書の確定、第三者による史料の正当性の検証に伴う困難といった問題、Webが発達した状況において史料やその訳などが共有される可能性、研究生活の心構えなど、フロアから出た質問やコメントについて活発な議論が交わされました。とりわけ、偽書も一つの歴史的産物であるということに関連して、岡崎敦氏が「人間はまちがえる。だからこそ研究の余地がある」という趣旨のことをおっしゃっていたのが印象的でした。また、文書館に行く前の調査の程度(事前に入念に調査or現地に行ってひたすら史料と向き合う)やデータ整理の仕方(欧文or日本語)などの点では報告者間でスタンスが異なり、興味深く聞かせて頂きました。ラウンドテーブルでは、いかにして知を継承し、いかにして世界に発信していくかということが研究者の課題として浮かび上がったように思いました。

 ラウンドテーブル後には懇親会が開かれ、研究者相互の親睦が深められました。今回のセミナーは西洋中世学会の第一回大会と同じ会場であったため、当時の興奮がときを経たいま静かに思い返され、同時に、学会の今後の潜在的な可能性の大きさが伝わってくるものでした。

坂本邦暢

 2010年度の若手支援セミナーの目的は、海外の文書館を利用して研究する際に必要となる基本的情報の共有であった。1人の講演者と4人の報告者が自分の調査経験をもとに文書館での作業をいかに学術的成果へと結実させていったかを率直に語ってくれた。その全体的報告はすでに別の場所でまとめられているので、ここではセミナーでかわされた議論のなかから読者に特に伝えられるべきと思われる2点に絞って記録として残しておくことにしたい。

 第1点は報告者の多くが文書からえられた情報を表にまとめることの重要性を説いていたことである。これは読者には自明のことと思われるかもしれない。しかし科学や哲学の歴史を調査している私には強い印象を残した。このような点が強調されるのは扱う資料の性質に由来するのだと思われる。たとえば裁判、商業取引、遺言といった文書はそれぞれに一定の記述パターンが見られ、調査に際してはそのパターンにそって情報を抽出し、表の形で集約することが不可欠となる。思うにこの文書から表への移しかえの技法は(古書体学と並んで)、文書館を用いる研究の核をなしながら、先達から後進への伝達が難しいという性質を持つ。というのも最適な表のあり方は史料の性質や研究者の着眼点・好みによって決定されるため、一般的に利用可能なフォーマットのようなものはないからである。しかしそれでもたとえば学会内部で史料の種類ごとに研究者たちが作成した表を共有し、参考に供することは有益なことのように思われる。

 表を作成することは一定量の文書群を読み解くことを前提とする。ここで記しておきたい第2の点はこの文書群の選定に際して指導教員が果たすべき役割にかかわる(以下の点は報告者である大貫俊夫氏の問題提起を私が理解した限りで敷衍したものである)。論文作成指導ではしばしばテーマを明確にすることが最初に求められる。しかし本誌の読者の多くが経験していることと思われるが、歴史研究では史料の読み込みをつうじてはじめて主張が明確化することが多い。とりわけ当該領域での研究経験の浅い若手の場合にこの傾向が著しいように思われる。したがってそのような若手がまず必要とするのは、力量と時間の範囲内で手に負える文書群の選択を可能にしてくれる助言である。このことによく留意すべきというのが、支援する側の教員が本セミナーから学ぶべき点であったと思われる。

 以上で取りあげた2点はともに研究の成果ではなく過程にかかわる。それは若手の成長にとって論文作成の実践をかいま見ることは、完成した作品を読みこむことに劣らず重要だと私が考えるからである。そのような成長を可能にする場として本セミナーのような先駆的試みが行われたことは、因習から自由な西洋中世学会ならではのことであった。一参加者として実現に尽力されたすべての人に感謝したい。

アンケートの結果

1. ご身分
a) 学生:30名 b) その他:13名
2. このセミナーをどうやって知りましたか?(複数回答あり)
a) 学会誌・学会ホームページ:18名 b) ポスター:2名 c) 友人・知人より:12名 d) インターネット:4名 e) その他:0名
3. このセミナーの内容はどうでしたか?
a) とても良かった:21名 b) 良かった:12名 c) 普通:1名 d) あまり良くなかった:0名 d) 悪かった:0名
4. このセミナーの内容は、自分のレベルに合っていましたか?
a) 高度すぎた:0名 b) やや高度だった:8名 c) 丁度良かった:21名 d) やや簡単だった:2名 e) 簡単すぎた:0名
5. セミナーの形式(プログラム)はついてどうでしたか?
a) 多すぎた:0名 b) やや多かった:4名 c) 丁度良かった:26名 d) やや少なかった:2名 e) 物足りない 無回答:1名
備考:「ただし、もう少しお一人お一人の話をじっくり聞きたかった気が。」(その他)
6. インターネット中継についてはどう思いますか?(複数回答あり)
a) 良い試みだと思う:26名 b) 慎重にやるべき:1名 c) プライバシーが心配:1名 d) ネット中継があるなら来ない:3名 e) ネット中継があっても来たい:6名 f) 大会等も中継して欲しい:9名 g) やるべきでない:0名 h) その他
「技術的な難しさ(トラブル等)が心配です」(学生)
「同時中継に加え、配布資料のアップロード等を検討しても良いのでは」(身分)
「セミナー後に見れるようにして欲しい」(学生)
「自分は見ていないので、コメントはできません」(その他)
「配布ペーパーや会場設営等、現場参加のメリットによる差異化を強調するのがよいかと考えます」
「良い試みだが、何回か試験的にしてみてから、本格導入の是非を検討して欲しい」(その他)
「中継に関するアナウンス(例:会場は映らないなど)もあったので良かった」(学生)
無回答:3名
7. どんな意見でも結構です。御自由にお書きください。
「楽しかったです」(その他)
「まだ国外に史料を求めに行ったことがなかったので、どのような準備をしたらいいか、どのような流れで閲覧するかを知ることが出来とても勉強になりました。このようなセミナーがありましたら、また参加したいです。」(学生)
「今後もこのような機会があれば是非参加させていただきたいと思います。」(学生)
「研究手法や文書館の利用等についての学内の授業等では学べないことも多いので、貴重な体験になりました。」(学生)
「自分にはレベルとしてやや高度ではありましたが、その先がイメージできたという意味で『丁度良かった』です。」(学生)
「個人の研究を基にしていてとても面白かったです。ネット上で事前にスケジュールが公開されていると良かったと思います(こちらが把握していなかったら申し訳ないです)。席をつめれば、全員机を使えたのかなを思いました。」(学生)
「新しいツール(ソフトなど)の話に教えられました。」(その他)
「若手の研究者たちから多くのことを勉強させていただきました。有難うございました。」(その他)
「大貫氏の報告にあったように横文字でメモを書く訓練は必要だと思う。」(その他)
「修士前後の、特に分野外の『若手』研究者が耳にすることを考えれば、できるだけ専門タームについて分かり易い解釈を付すことを予め統一しておくのがベターではないか(例:『カルチレール』。歴史研究者以外。特にフランス語圏との接触が少ない場合、修士レベルで史料としての性格を予知していることを前提としない方が良いのではないか)。『若手』セミナーとしての性格に一層留意していただけると、ハードルがより低くなると思います。」(その他)
「大変有意義かつ参考になりました。どうもありがとうございました。」(学生)
「次はぜひ、英仏独伊以外も(東欧など)。」(学生)
「以前開催された史料講読セミナーは参加できなかったので、ネット中継でまたやってもらえたらと思います。今回と、その史料講読セミナーは数年に一度やってもらいたいです。著作権で問題が解決できれば、レジュメもPDFでみれるようにしたら、ネットとあわせて便利と思いました。」(その他)
「もう少し文書館へのアクセスのための情報が欲しかったです。」(その他)
「個人では調べきれない点まで御説明頂き、ありがとうございました。」(その他)
「スタッフの皆様、おつかれさまでした。すばらしい企画・運営だったと存じます。今回のような企画・意図を考えますに、今後はいかにして学部も、修士をひきこんでいくか、という点が課題になるかもしれません。」(その他)
「今回で終わらせず、第2弾、第3弾…と継続して欲しい(その際、年々入る新しい学生会員のためにも、入門的・手引き的性格は残すと良いと思う)。日本国内の図書館が所蔵する文書・史資料に焦点を当てたワークショップなどがあってもよいと思う。」(その他)
「データ管理や電子辞書etcとても参考になりました。また現在進行形の研究のお話が聞けたのが興味拭かったです。」(学生)

以上です。次回以降の若手セミナーも、どうぞよろしくお願いいたします。

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